2021.11④

2022年1月16日 日常
秋田・青森旅行記改め、津軽。【三 十二湖】

 十二湖は世界自然遺産たる白神山地の麓に位置しており、あたかもその一部であるかのように謳っているかのように見受けられるが、実は世界自然遺産そのものの範囲には含まれていない。それを詐欺的で商業的だと見る向きもあるやもしれないが、とりあえず「白神山地に行ったことがある」と言うには十分な場所だと思われる。十二湖駅からバスで15分行ったところには、およそ1時間で大小さまざまな湖沼を散策可能なコースが整備されている。旅行決定当初、どのような靴で行くべきか悩んだが、普段使いのスニーカーでもなく、大仰なトレッキングシューズでもなく、一定汚れても構わないランニングシューズにしたのは正解であった。この思いは翌日の奥入瀬渓流で更に確かになるところであるが、先に言及しておく。
 十二湖散策コースは天候に恵まれ、鶏頭場(けとば)の池や落口(おちくち)の池では紅葉する山々の湖面への美しい反射を見られた。鶏頭場の池では、その風景をバックにOと自分で互いに写真を撮り合ったのだが、どうにも要領と度胸が互いに不足しており、二人の写真を撮るよう他の観光客に頼むことができなかった。そこで一旦諦めて次のスポットたる青池まで進むことにしてしまった。
 一般にハイライトとされている青池ではその名の通り不思議な青い湖水を目にすることができた。この青色の原因に関する定説がいまだ定まっていないらしいという話には半信半疑の念を禁じ得ない。このようなものも含め、自然については様々な俗説が飛び交って久しいが、マイナスイオンもその手の一つだと考えている。しかしながら、散策コースの途中にあるブナの自然林を全身で感じると、思わず「マイナスイオンだ!」と叫びたくなるような心持ちになった。それほど、何かが木々から発散されているように受け止められた。木々の間から差し込む日光、暑からず寒からずの気温など、適当な条件が整っていたことも一因だろう。
 落口の池では、Oがこの日のために購入した双眼鏡で湖面の鳥を観察していると、頼んでもいないのに我々に渡り鳥の解説をしてくれる初老の男性に遭遇した。アカショウビンという鳥の話などを簡単にしてくれ、心の綺麗なOなどはいやに感心して「神」と呼んでいたが、正直自分としては、知らない人に突然話しかけられてまごつくことしかできなかった。その男性から落口の池のそばにある湧き水が飲用できるので汲んでおくとよいと勧められたが、心の汚い自分は半信半疑で、殺菌もされていないだろうに飲めてもせいぜい本日いっぱいだろうと思いながらも、持ち歩く水分が枯渇していたので汲んでおくことにした。水を汲みながら、その男性にこの美しい景色を背景に二人の写真を撮ってもらうことを思いついたが、気付けば男性は既に車に乗り去っていた。以前からOが口にしていた「旅行とは選択と判断の連続である」とは蓋し至言である。水を汲みに行く前に思いついて依頼しておくべきだったのだ。
 間もなくコース一周を終えたが時間も残っていたので、我々は写真のために未練たらしくもう一度鶏頭場の池に向かった。しかし時すでに遅く、日は翳り湖面の印象はぼやけてしまっていたため、なお写真を依頼するか改めて躊躇われた。それでも諦めはせず二人の写真を撮ってもらったが、それならば最初からタイミングを逃さず写真を依頼すべきであった。その後は腹も空いていたので起点の物産館に引き返し、カレーパンとあんドーナツを購入してその場で食べた。当初はどちらか片方にしようかと考えていたが、この後の道のりも長く、夕食まで腹持ちしそうな気もしなかったので、両方買うことにしたのだった。旅行とは選択と判断の連続である。
 いよいよ帰りのバスの時間が迫っていたので物産館を出てバス停に向かうと、早くもバスが到着していた。乗客がマスクをした運転手に何やら質問をしているようだった。我々が乗り込もうとすると運転手は無言で右の手のひらをこちらに向けて制止するかのような素振りを見せた。そこで他の観光客に交じってベンチに腰かけていると、バスが扉を閉めて去って行ってしまった。時計を見るとまさに予定していたバスの出発時刻であり、これを逃すと十二湖駅から青森駅まで向かうリゾートしらかみに乗り遅れてしまうことになる。焦った我々は愚かにも「走ってバスを追いかける」という選択肢を選んでしまった。しかし1kmも経たぬうちにOは平静を取り戻し、このままでは電車に間に合わないかもしれないと考え、少なからず同じ道を通っていく車を呼び止め、我々を相乗りさせてもらえないか交渉するという手段に出た。Oの旅行慣れが選択力、判断力を研ぎ澄ましてきたに違いない。数台の車には無視されてしまったが、二人の写真を撮ってもらう声かけにさえ躊躇う側面はどこへやら、Oは見事に70代くらいであろう男性の運転する軽自動車を呼び止め、乗せてもらうことに成功した。その後一瞬道を誤ったこともあったが、最終的には最初の焦りによる判断ミスを見事に帳消しにし、無事余裕をもって十二湖駅に到着した。当然お礼はすべきと考え、何か東京の物品など渡したいところだったのだが、我々が持ってきていたのは自分の帰省時のOへのお土産のゼリーだけであり、しかもOは行きの新幹線内でぺろりと平らげてしまっていて、お礼たり得るものは些かの金銭のみだった。このような露骨な礼はやはり固辞されてしまったため、Oとの間では、今後の旅行ではいざというときに渡せる東京土産を持ち歩いておくとよいということになった。とはいえ結果的にはバスに乗るより安く目的を果たすに至った。なお、この男性は近隣のK市からおいでの方のようで、のちに我々は「Kの神」と呼ぶことにした。一方で「捨てる神」ことバスの運転手について、Oはバス会社を訴えるなどと冗談めかしながらネチネチと憤慨し続けていた。

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