くゆらせる煙草のけむり。
アンモニヤの所為か、目がしばしばする。
「平穏は無価値だ。」
=平穏無価値説。
かれの傍には経るぼけた蜂蜜色をした琥珀があった。
中に入っているのは何の虫だろうか。
かれは目を凝らしてみるが、
せいぜい分かるのはその虫の躯体の精巧さであって、
それ以上やそれ以下ではなかった。
色はおそらく黒。足は予想通り6本だろうか、細かくてよく見えない。
触角。あれはきっと複眼だろう。首をすくめている。
一瞬この虫が自分の前世であったような気がした。
経るぼけた蜂蜜色だなんて同義反復じゃないだろうか。
蜂蜜色はかつて若々しく眩しい黄色だったからだ。
日の光。檸檬。辛うじて白ではない眩しさ。目がぎちぎちする。
明度と彩度の最高次の結晶。
黄色は「若さ」の色だ。「幼さ」ではない。「若さ」だ。
かれは幸いにして若い。黄色のよく似合う若さがある。
そうだ、「幼さ」を言うなら青だの碧だのが丁度良いんじゃあないか?
外に出た。春とはいえ夜ともなるとさすがに冷える。
アルコールがいい感じにゆらめいている。星はない。
曇りか。日の光のふりをした電燈たちが不均等な間隔で
街路を黄色く照らす。
もし万が一日常に通奏低音があるとするならば、
それは非常に不安定な音色をして、穏やかながらも活発に動き回り、
不協和音すれすれのところをくぐり抜けていくだろう。
大通り。
車の交通量は多くない。やはり平穏は無価値だ。
あいつは今日も山と本を買ってきた。「読むつもりはない」と、はなから公言していた。
「あたらしいなぞなぞ。白くて柔らかいもの、これなあに?」
猫の鳴き声だ。
赤、黄色、みどり。
大通りは不思議なオレンジ色をしていた。こいつに限って言えば夕日の模倣だ。
かれの腹が鳴った。どうやら腹が減っているらしい。
そうだ、琥珀がある。
かれは琥珀を持ち出していたのだった。もっとも、それは持出禁止だったのだが。
立ち止まる。ポケットから取り出して、一大決心をするために。
見つめていると何ともたまらない気分になった。
わけわからんくらい長い時を経て、いまやかれの掌中にある琥珀。
世界を包括的に把握した気分だった。
いよいよ戦慄が走る。
そっと舐めてみた。
中の虫がピクリと動いた気がした。そして琥珀は蜂蜜のように甘かった。
かれは少し年老いた。
そういえばおかしな夢を見たな、あれは1か月ほど前だったろうか。
もう内容は覚えていない。メモでもとっておくんだった。
けれどもきっとまたいつか思い出すんじゃないか。
或いは同じ夢を見ることもあるんじゃないだろうか。
日常が断片化されるのではない。
ある意味もとから断片化されているものを統合したにすぎない。
かれは甘美な琥珀をポケットの中で握り締めたまま、
不機嫌に明るいコンビニに入った。
こんないびつな明かりが自然界にあるわけねえだろ。
いつも通っているのに、いやに古さと汚さが目につく。
アルコールが切れそうだった。もうちょっと甘美な気分を続けさせてくれ。
こんなことを考えてばかりだ。今日何本飲んだろう。
新たな1本を持ってレジへ。
「この琥珀とこのお酒を交換できませんか。」
実のところ、すっかり冷静さを取り戻してしまっていた。
こんなことばかり考えながら歩くのはどう見ても惰性だ。
さっさと酒買って帰ろう。
ぼくのだいじなきいろいこはく。
(いつの間にか寝てた)
アンモニヤの所為か、目がしばしばする。
「平穏は無価値だ。」
=平穏無価値説。
かれの傍には経るぼけた蜂蜜色をした琥珀があった。
中に入っているのは何の虫だろうか。
かれは目を凝らしてみるが、
せいぜい分かるのはその虫の躯体の精巧さであって、
それ以上やそれ以下ではなかった。
色はおそらく黒。足は予想通り6本だろうか、細かくてよく見えない。
触角。あれはきっと複眼だろう。首をすくめている。
一瞬この虫が自分の前世であったような気がした。
経るぼけた蜂蜜色だなんて同義反復じゃないだろうか。
蜂蜜色はかつて若々しく眩しい黄色だったからだ。
日の光。檸檬。辛うじて白ではない眩しさ。目がぎちぎちする。
明度と彩度の最高次の結晶。
黄色は「若さ」の色だ。「幼さ」ではない。「若さ」だ。
かれは幸いにして若い。黄色のよく似合う若さがある。
そうだ、「幼さ」を言うなら青だの碧だのが丁度良いんじゃあないか?
外に出た。春とはいえ夜ともなるとさすがに冷える。
アルコールがいい感じにゆらめいている。星はない。
曇りか。日の光のふりをした電燈たちが不均等な間隔で
街路を黄色く照らす。
もし万が一日常に通奏低音があるとするならば、
それは非常に不安定な音色をして、穏やかながらも活発に動き回り、
不協和音すれすれのところをくぐり抜けていくだろう。
大通り。
車の交通量は多くない。やはり平穏は無価値だ。
あいつは今日も山と本を買ってきた。「読むつもりはない」と、はなから公言していた。
「あたらしいなぞなぞ。白くて柔らかいもの、これなあに?」
猫の鳴き声だ。
赤、黄色、みどり。
大通りは不思議なオレンジ色をしていた。こいつに限って言えば夕日の模倣だ。
かれの腹が鳴った。どうやら腹が減っているらしい。
そうだ、琥珀がある。
かれは琥珀を持ち出していたのだった。もっとも、それは持出禁止だったのだが。
立ち止まる。ポケットから取り出して、一大決心をするために。
見つめていると何ともたまらない気分になった。
わけわからんくらい長い時を経て、いまやかれの掌中にある琥珀。
世界を包括的に把握した気分だった。
いよいよ戦慄が走る。
そっと舐めてみた。
中の虫がピクリと動いた気がした。そして琥珀は蜂蜜のように甘かった。
かれは少し年老いた。
そういえばおかしな夢を見たな、あれは1か月ほど前だったろうか。
もう内容は覚えていない。メモでもとっておくんだった。
けれどもきっとまたいつか思い出すんじゃないか。
或いは同じ夢を見ることもあるんじゃないだろうか。
日常が断片化されるのではない。
ある意味もとから断片化されているものを統合したにすぎない。
かれは甘美な琥珀をポケットの中で握り締めたまま、
不機嫌に明るいコンビニに入った。
こんないびつな明かりが自然界にあるわけねえだろ。
いつも通っているのに、いやに古さと汚さが目につく。
アルコールが切れそうだった。もうちょっと甘美な気分を続けさせてくれ。
こんなことを考えてばかりだ。今日何本飲んだろう。
新たな1本を持ってレジへ。
「この琥珀とこのお酒を交換できませんか。」
実のところ、すっかり冷静さを取り戻してしまっていた。
こんなことばかり考えながら歩くのはどう見ても惰性だ。
さっさと酒買って帰ろう。
ぼくのだいじなきいろいこはく。
(いつの間にか寝てた)
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