其の缺點を補つて餘りある憂ひに僕は

舊字體、舊仮名遣ひに美を感ずる、
將又
"You have to respect me."
と云ふ文言に懷しみを覺える、
そんなあなたは
ひよつとしたらもう年なのかも知れません。
僕はといへば、年齡ばかりは人竝みに?えるものの、
（皆そう思ふかも知れませんが、）その實を伴はぬが
爲に畢竟無闇矢鱈と自分の中で齟齬が生じてくるばかりなのです。
僕は決して大人に爲りたい等と欲張りを申し上げた事は無い積もりでございますが、
肉體と周圍が無理矢理僕等を「大人」へと仕立て上げていくのです。
ずつと呑気な子供でゐたかつた。
大人になんて爲りたくない。
こんなどうにもならない事ばかり云つて感傷に浸る僕に、
「氣色の惡い、馬鹿馬鹿しい」
と憤慨する人もあるでせうし、
「若いね」
と嘲笑ふ人もあるでせう。
けれども僕は、
僕は
この宿命をどうにもかうにも受け容れ兼ねる。
それ以前に「大人」だとか「子供」だとか、
更には「男」だとか「女」だとか、
さういふ概念の線引きさへも實際は怪しいものだと信じている。
さう思ふ人は屹度僕だけではないはずなのですが、
恐らくは少數派である爲に、
「普通の」社會生活を送るにはこんな淺はかなことに拘泥する必要があるやうなのです。
或いは、希望的觀測ではありますが、皆不器用だからなのかも知れません。
（しかし不器用なのは僕の方ですね。）
僕はみんな人である點で同じじやあないかと思ふのです。
去年の家庭科の授業で行はれたアンケートの時に云つてやれば良かつたのですが、
勇氣が無かっただけでなく、完全に雰圍氣に流されてゐて、
普段思つてゐても肝心なところで忘れてしまってゐたのです。
こんなことあなたにはどうでもいいことでしたね。
いや、云つてしまえばこの「大人」云々の話自体
あなたにとつてどうでもいい。
あなたには輝かしい未來がある。
希望がある。
ですから、
こんな老いぼれの云ふことは忘れておしまいなさい。
こんな下らない話に付き合はせて惡かつたね。
兎にも角にもあなたは少し虚弱な癖に無理をする
嫌ひがあるから體にはよく氣を配つて頑張つて下さい。
では。

いきなりこんなよくわからない手紙を残してどこかへ行ってしまった。
その日以来僕は「大人」になれなくなってしまったが、
それは別段悪いことでも特別なことでもなく、
むしろ心安いことであるように思える。